一昨日の散歩時、対岸の川土手に車を停め、白い買い物袋に何かを摘んで入れている方を発見する。よくそのあたりで体操をしている方に「おはようございます。 あれ、何を摘まれてれているのでしょうね。」と声をかけてみた。「わらびかな。」との返答。あのあたりで、ワラビやゼンマイというものを見たことはなかったのですが、対岸の散歩道を歩くときに探してみようと思いその場を離れたのでした。ここで、思ったことを対岸に歩いている時には忘れているということ、ありませんか。わたしはそのようなことの繰り返しで探すタイミングを逃してしまうことがあります。今回は対岸を歩いている時にも覚えており、探してみました。たくさんの葛がつるを伸ばし始めていました。が、あとは草、、、その中にたくさんのヨモギがありました。ちぎって嗅いで見るとフレッシュなヨモギのにおいがしたのでした。子どもの頃母親とヨモギ摘みをした思い出とヨモギ餅を食べた思い出が浮かんできました。その時の記憶は色々な感覚を取り込んでいるのでしょうね。いや、感覚が記憶として映像を残しているのかもしれません。次の日、おやつは草大福にしました。
川土手の話にもどしますが、ヨモギならあの場所でなくてもと思い、今日またあの場所を覗いてみました。するとゼンマイが芽吹いているではありませんか。一昨日は摘まれたすぐ後で目立たなかったのかもしれません。学生時代、この時期に銭湯にいったら、年配の方が山菜取りの話を楽しそうにされていたのを思い出しました。私もその方たちの年齢になったのです。自然が近くになっているのでした。

ヨモギ
