海の散歩道 東北編/6

昨夜は22時ごろ就寝。6時ごろ目が覚める。しばらくゴロゴロする。ホテルの朝食、和食のビュッフェスタイル。しかっり、野菜をとる。なぜか、めかぶ納豆がとても美味しかった。産地だからだろうかと思う。この日は山田町、大槌町からスタートする。山田町の防潮堤は今までと違い山型ではなく壁のような感じがするものだった。防潮堤があると、車を停めるところを探して、停めて、上に上がり歩いてみることにする。入ってはいけないという所は下から写真を撮る。防潮堤はなぜか、万里の長城のようであった。(万里の長城に行ったことないのですが)自然と戦うために?制御するため?内側の街の様子、外側の浜辺、港の様子を写真に撮る。仕方がない事だろうが、どこも同じような景色に見える。地域の方が考えに考えた結論。釜石では少し違った、ラグビーワールドカップの際、会場になった鵜住居震災スタジアムがあり、三陸鉄道が走っていた。けれど、鵜住居地区は巨大な水門の内側にスタジアムをおいたという感じがした。住宅は戻っておらず寂しい感じがした。ラグビーの試合があると賑わうのであろうが、逆に普段は閑散としている。ここの防災センターは悲しい記憶を抱えていた。震災時防災センターに多くの方が避難してきたが、2階建ての2階まで津波が押し寄せ、屋上に上がる術はなく、160名の方がここで亡くなった痛ましい記憶です。言葉のマジックで、防災センターだから安全だろうと思われたようで、正常バイアスが働いた例と思われます。その後、大船渡市へ向かう。どこ回ろうか、迷うが掲示物に大船渡市立博物館が震災伝承施設と記載してあったのでそこへ向かう。そこは、碁石海岸国定公園内にあり、景勝地と散策ロードがある。松林も続いていた。散策路をしばらく歩く。まさしく、三陸海岸という感じのする所だった。ただ、博物館にはシアターで「荒れ狂う海~津波常習地・大船渡~」紹介はあったが、まさしく、三陸海岸というジオパークの展示が主なものであった。

その後、高田松原津波復興祈念公園に向かう。公園内にはいくつかの震災遺構があり、散策コースとして提示されていた。歩いてみた。防潮堤に上がってみると、復興の松林は防潮堤の内側にも外側にもできていたが、これからこれから、本当の林、従来のような林になる姿を見たいと思った。下宿定住促進住宅では壁面のプレートまで波が押し寄せた様子。4階まで津波の痕跡を残していた。海外から働きに来られていた方々の住宅で、その時皆さんは別の場所で研修を受けておられて無事だったとのこと。奇跡の1本松、ユースホステルを眺める。あの松の高さに松林が成長することを考えると、自分は見られないかも、ちょっと寂しい気持ちになる。気仙中学校も見学したかったが、日が暮れてしまった。気仙沼のホテルに向かう。新しいホテルのようで、ナビでは周辺までしかでてこない。また、入り口と出口が別の分かりにくいホテルだった。近くのジョイフルで夕食、しっかりと野菜をとる。ホテルに泊まるようになり、就寝時間が遅くなってしまう。ちょっと疲れた。11時に就寝する。

山田町防潮堤の内と外
鵜住居スタジアム
陸前高田震災復興記念公園

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇跡の一本松
下宿定住促進住宅
陸前高田復興松林