海の散歩道 東北編/5

今、昨秋東北を回った旅日記を今報告しているわけですが、2024年7月25日~26日にかけて東北の日本海側ではそこここで川が氾濫し、山が崩れしているというニュースが届いています。新潟、鶴岡、酒田、鳥海山のふもとを回り、由利本荘、秋田、鰺ヶ沢といった懐かしい名前が被災地としてあがってきます。大変残念です。穏やかな景色が濁流に飲み込まれている姿、田んぼにひっくり返っているパトカーは痛ましいです。被災された方々、心からお見舞い申し上げます。

旅日記に戻ります。

5時過ぎに目覚める。雨はあがっていた。6時半ごろから出発準備。気温は6度だけれど、昨日より暖かい感じがするのは風がないからかもしれない。そんな気がする。身支度、車内の整理整頓、このようなことを毎日しながら、ものを確認していくことは大切だと思う。まだまだ、あれがないこれがないと探している。旅に出ている時に、決まったところに置くことを心掛ける。それが日常に繋がっていくようになればうれしいのです。十和田湖に向かう。十和田湖畔に入る手前の山の頂近くの展望台、車を停めて、景色の写真を撮ろうと思う。紅葉に季節なのに車は1台も止まっていない。不思議に思いながら、クマよけのベルを付けて、展望台に向かう。(今春は秋田、青森、岩手ではクマが人を襲うことがよくあった。昨秋はドングリが凶作と聞いていたせいでしょうか。カウベルを持っていっていました。)秋の東北の景色が撮れました。もう少し山を下りたところに、観光バスが何台も停まっている展望台があった。そのせいだろうか、上の展望台はがらがらなのはと思う。十和田湖畔は少々寂れたような昭和の観光地のような感じがする。が、観光バスはやたらに多い。インバウンドの方々が秋を満喫するために東北を訪れておられるのだと思う。湖畔の駐車場に車を停めて、1時間半ほど散策する。中国、台湾の高校生の修学旅行らしい。同じように散策をしていた。その後、奥入瀬にむかうが、マイカー規制の看板がたくさん出てくる。ひょっとして、奥入瀬渓谷への帰省かなと思う。案の定、10時から14時までの時間帯は渓谷はマイカー進入禁止。入るところで止められる。立て看板はあったが、詳しい情報は読み切れなかった。その日が規制の初日とのこと、それならば、十和田で散策せずに奥入瀬に向かったのにと思う。通行規制をしている方に、言ってしまった。「あの掲示、運転しながらでは見えないですよ。」と嫌味を含んだ本音を。警備員さんは、ナンバーを見てか?申し訳なさそうに、丁重に断られた。Uターンをすると、後続の何台かも奥入瀬の道に入ろうと曲がってきていた。

奥入瀬ではなく国道454号を通って八戸、久慈へ向かう。ここもきれいな紅葉街道ではあった。ただ、奥入瀬は行ったことがないので比べられない。またの機会を楽しみにしようと思う。美しいと思う所は車を停めて、写真を撮る。久慈の道の駅で「まめぶ汁」をいただく。美味しかった。が、以前生徒と一緒に作ったまめぶ汁の方が美味しかったように思えた。団子の中にふんだんに入れたくるみと黒砂糖の美味しさが強烈に思い出された。4時ごろ宮古市の田老地区に入る。ここからは震災遺構巡り、巡礼の旅になる。祈る。祈る。田老地区では旧の防潮堤と観光ホテルが震災遺構になっており、歩いて回る。高さ10.65m、総延長2.4kmの旧の防潮堤も大津波を食い止めることはできず、1,2あった防潮堤の第2防潮堤はほぼ破壊されたそうです。残った防潮堤が遺構になりました。明治三陸地震の際の大津波15mということで、防潮堤よりも命てんでんこの防災意識を大切にしていたようです。しかし、毎日見ている防潮堤が安心感と油断を生んだのかもしれないたくさんの方が亡くなられたとのこと宮古市の災害資料では報告されていた。その後、宿泊のホテルに向かうが、暗闇のなか、入口が分からず困った。

十和田湖展望台より
国道454号で久慈へ
田老観光ホテル
田老地区新防潮堤から旧防潮堤へ