海の散歩道 東北編/4

5時半ごろ目覚め、6時30分には出発する。特に計画のない旅行、漠然と海岸線を回り鰺ヶ沢へ向かおうと思う。向かう途中、海岸沿いに広ーい水田、平原に出会う。ひょっとしてこの辺りは八郎潟と呼ばれた地域?道から外れて農道のようなところに入り、車を停めて、しばらく辺りを散策する。まだ刈り取りされていない田があり、ふと横見ると大きな潟湖があり、水門もあった。これは干拓地だなと確信する。「ここは、昔の人が開いた土地か。」広い土地に向かって深呼吸をしたくなった。

鰺ヶ沢は高校の時海岸段丘という面白い地形であることを地理の時間に学んだ。そんなことをいまだに覚えている。というより当時地図帳を見て、どんな景色だろうと想像していたのだと思う。(授業に集中せずに)この想像の思いが強かったのだと思う。だから覚えている? 調べると、海岸段丘は日本の海岸線の色んな所にある地形らしい。特に、鰺ヶ沢が有名とは書いていなかった。自分の記憶も怪しいものだ。海岸沿いは天気も悪く、平日だったせいかほとんど人のいない、独り占め日本海だった。千畳敷という観光地には幾人かの観光客はおられたが、千畳敷に激しく波が打ちつけていたので、そこに下りる人は誰もいなかった。鰺ヶ沢から青森へ行くタイミングで昼食をと考えたのですが、一人旅に、初めての場所、昼食場所を探しながらドライブすることは非常に難しく、五所川原の渋滞に巻き込まれた際に、昼食をと考えてもみたのですが、早く抜けたいという思いで通り過ぎてしまいました。(決断力が鈍っている)バイパスに上がると津軽方面から青森を通り東北各地へ向かう環状の道路だったようで、掲示の予告が岩手、盛岡方面とやたら出てくる。不安になりバイパスを降り一般道で青森市内に向かう。リンゴ畑の中を右に岩木山の山影をちらっと見ながら走りました。岩木山は小雨の中で姿を見せてくれませんでした。ナビの方は頻りにバイパスに上がることを要求してきます。目的地は三内丸山遺跡だったので、仕方なく再びバイパスに乗ることにしました。すると、さすがナビ青森までスムースに行くことができ、それに、遺跡はバイパスを降りてすぐのところにあり、ナビは私の信頼を回復したのでありました。遺跡の中で遺跡カレーとやらを食べました。この遺跡の価値は、教科書の内容を変えてしまったということは知っていました。「人は縄文時代にも定住していた。」ということ。でも、考えてみれば海の幸、山の幸を同時に豊富に手に入れられるところがあれば、そこから離れられない。のは、当たり前なのではと思ったりするのです。そこまで、逆に、食料を潤沢に採取できるところが他にはなかったのでしょうか。遺跡を見学する。もっと大きな遺跡かなと思っていました。以前、吉野ヶ里遺跡で広さに驚かされたので、それくらいかなと思いきやこじんまりとしていました。北海道から東北各地の縄文遺跡群という響きに、エリアの広さと一つの遺跡の広さを混同していたようです。

宿泊地碇ケ関に4時過ぎに向かう。小雨が断続的に降っていた。最近野菜をあまりとっていないので、サービスエリアで野菜サラダ、サンドイッチ、朝食用のパんと飲み物を買う。5時半ごろ到着する。土砂降り。夕食をとり、宿泊準備を濡れながらする。温泉の位置が分からない。道の駅の方に尋ねると道の駅の裏少し離れた所にあるとのこと、途中道路が川のようになっているところもあり、スリッパで移動する。温泉は違う泉質の湯舟が2つあり、どちらでも千数え、温まる。湯上り、温まったなあという感じがし、脱力感が心地よかった。8時頃就寝。よ~く眠れました。

 

荒れる千畳敷
三内丸山遺跡(竪穴住居)

 

 

 

 

 

 

 

縄文カレー
やぐら柱跡
やぐら(復元)